35) 拝殿です。
 天正2年(1574年)に一向一揆によって全山が焼失してしまう前は、なんと幅が約83メートル(46間)もある超巨大な拝殿でした。これは京都の有名な「三十三間堂」よりもさらに大きな建物であったとされ、周囲にはその当時の巨大な礎石(建物の柱を支えた石)が今も点々と残っています。
 
三十三間堂拝殿が書かれています